ノンフィクション
2025年07月03日 15時16分

心震わせる過去と向き合う—『カミカゼの幽霊』を読んで

特攻兵士の遺書が語りかけるもの

特攻兵士の遺書を読んだことがありますか?私は一度、海上自衛隊佐世保資料館でそのような遺書を目にしたことがあります。遺書には「母様」と呼びかける言葉が何度も出てきて、その一言一言に、そこに書かれていない無数の思いがぎゅっと詰まっているように感じられました。特攻という言葉が持つ重みを、私は改めて感じずにはいられませんでした。

いざ本書『カミカゼの幽霊』を手に取ったとき、その背後には一体どれだけの悲しみと葛藤が詰まっているのだろう、と胸が締め付けられる思いでした。この本は、特攻兵器「桜花」を発案した大田正一のその後の人生を追ったノンフィクションです。大田という人物が戦後をどのように生きていったのか、彼の生き方に私は興味を惹かれました。

「人間爆弾」を作った父の真実

本書の中で、著者が大田正一の消息を追う過程が描かれています。公式には終戦直後に殉職したとされる大田ですが、彼は生き延びて、名前を変え、別の人生を歩んでいました。私はこの事実に驚きを隠せませんでした。特攻兵器を生み出したという過去を持ちながら、普通の市民として生きた彼の人生には、どんな思いがあったのでしょうか。

大田の息子である大屋隆司が、自分の父親が本当は誰なのかを知ったときの心の内を想像すると、なんだか胸がいっぱいになります。「これがお父さんのほんとうの名前なんやで」という母の言葉を、彼はどんな気持ちで受け止めたのでしょうか。そして、本当に父親が特攻兵器を作った人間なのか、自分の中でどのように折り合いをつけたのでしょう。

戦後をどう生きるか—大田の選択

大田正一は戦後、別の家族を持ち、静かに暮らしていました。彼が正体を隠し続けた理由、そしてそれがどれほど辛いものだったのかを思うと、彼の人生は容易なものではなかったのだろうと感じます。彼は末期がんを患い、死を目前にしてもなお、自分の過去を明かすことなく旅立ちました。

「いまさらわしがほんとうのことは言えんのや。国の上のほうで困るやつがおるからな……」という彼の言葉が、心に刺さります。戦後を生きる中で、彼が背負っていたものは一体なんだったのか、私には計り知れません。彼の人生は、戦争がどれほど人の生き方を歪めるのかを物語っているように思います。

家族という救い

大田の人生の中にあった数少ない救い、それは家族の存在だったのかもしれません。彼の義娘である大屋美千代の目に映る大田は、ぶっきらぼうながらも優しい父親だったそうです。日常の些細な思い出が、彼にとってどれほどの支えだったのかを考えると、なんだか心が温かくなります。

戦争は多くのものを奪っていきますが、彼が最後に掴んだものは、きっと家族との繋がりだったのだと思います。どんなに辛い過去を持っていても、彼が最後に安らぎを見つけたのは、家族という存在の力だったのかもしれません。

本書を閉じた後、私はしばらく静かに考えました。戦争の記憶は、決して過去のものではありません。今もどこかで、それぞれの人生に影を落としているのです。そんなことを思うと、私たちが今生きているこの時を大切にしなければ、と強く感じます。『カミカゼの幽霊』は、そんなことを考えさせてくれる一冊でした。なんだか、心にやさしい読書でした。

rio_reads

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北海道の小さな町で、静かに本を手渡す日々を送っています。子どもの頃、祖父にたくさんの昔話を読んでもらったことが、今でも心の芯に残っています。流行の本よりも、少し古びた本や、静かに棚の奥に佇む本に惹かれます。

物語の余韻や、そっと心に残る言葉を大切にしたい。そんな気持ちで、読んだ本をゆっくり、ていねいに紹介しています。派手ではないけれど、誰かの暮らしをちょっとだけあたためる、そんな本と出会えたら嬉しいです。

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