阪神タイガースの隠された歴史に触れて:『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』を読んで
こんにちは。北海道の小さな町で書店員をしています。最近読んだ本の中で、心に引っかかって離れない一冊がありました。それが、村瀬秀信さんの『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』です。阪神タイガースといえば、日本全国に熱狂的なファンを抱える球団ですが、この本を読むことで、私はその歴史の一端に少し触れたような気がしています。
名もなき監督、岸一郎という存在
この本の中心にいるのは、1955年に阪神タイガースの監督を務めた岸一郎という人物です。名前を聞いて「誰?」と思った方も多いのではないでしょうか。実際、私もそうでした。その名前はタイガースの歴史の中でもあまり語られることがなく、まるで忘れられたページのように埋もれています。でも、彼の生涯を追っていくうちに、何とも言えない親しみと哀愁を感じずにはいられませんでした。
岸一郎はプロ野球未経験者で、農業をしていたというのだから驚きです。そんな彼が監督に抜擢された背景には、球団オーナーへの手紙があったとか。これだけでも小説のようなリアリティがあり、思わず引き込まれてしまいました。私自身、祖父の影響で野球には親しんでいましたが、プロ野球の裏側にこんなドラマがあったとは知りませんでした。
阪神タイガースの「お家騒動」という伝統
本書を読み進めるうちに、阪神タイガースという球団の特異な文化や歴史が浮かび上がってきます。特に「お家騒動」という言葉がしっくりくるのが阪神の魅力でもあり、問題でもあります。岸一郎の時代にも、主力選手と監督の対立がありました。藤村富美男というスター選手が、監督の命令を無視したエピソードには、何とも言えない切なさと時代の空気を感じます。
私は、阪神タイガースが日本一になった1985年、2023年のどちらの時代も生で体験していませんが、書店でファンの方と話していると、彼らの熱狂ぶりは時代を超えて変わらないのだと感じます。勝っても負けても、ファンがついているというのは、球団にとっての財産以上の何かなのでしょうね。
岸一郎の足跡をたどる旅
村瀬さんの筆致は、まるで岸一郎という人物を探す旅を私たちに案内してくれるようです。大学野球や満州にまでその足跡が広がっていることを知り、歴史のつながりを感じると同時に、岸自身の人生がどれだけ多層的だったのかも見えてきます。地味に見えるけれど、実は壮大な人生を送った人物の話に触れると、私の心の中にも小さな灯がともるような気がします。
この本を通じて、私はただの野球の話を超えた、ある種の人間ドラマを見た気がしました。特別でない人が、特別な瞬間を生きることの意味。そして、その瞬間がいかに多くの人に影響を与えるのか。岸一郎の物語は、私たちにそんなことを考えさせてくれます。
阪神ファンの方も、そうでない方も、この本を手に取れば、きっと心のどこかに響く何かを見つけられるのではないでしょうか。静かに棚の片隅に置いておきたい、でも時々手に取りたくなる、そんな一冊です。