エッセイ
2025年08月09日 15時07分

『来福の家』に寄り添う時間:台湾と日本の間で紡がれる物語

こんにちは。北海道の小さな町で書店員をしている私は、今日もまた本棚の片隅で静かに待っている一冊に心を惹かれました。それが温 又柔さんの『来福の家』です。この本、実は少し前から気になっていたんですが、手に取ったのはつい最近のことです。どうしてもっと早く読まなかったんだろう、と思うほど心に残る物語でした。

三つの言語に揺れる主人公の心

この本の主人公、楊縁珠(ようえんじゅ)は台湾人の両親を持ち、日本で育った女性です。彼女の物語は、台湾語、中国語、日本語、それぞれの言語に翻弄されながらもアイデンティティを探し続ける姿を描いています。私はこの設定を読んで、幼い頃に祖父が話してくれた北海道の昔話や、昭和の文学に触れた記憶が蘇りました。言葉って、その人の背景や感情、そして根っこの部分を表すものですよね。

楊縁珠が母親に対して「どうして、ママはふつうじゃないの?」と言ってしまう場面は、胸がぎゅっと締め付けられる思いでした。この問いかけは、幼い彼女の純粋さと、同時に何とも言えない孤独を映し出しています。私にも、子どもの頃、他人と何か違うことで悩んだ経験がありました。たとえ小さな違いでも、それがどれほど自分を不安にさせるか、しみじみと感じたのです。

母と祖母、家族の絆を巡って

物語の中で、楊縁珠の母親と祖母との関係が大きな軸となっています。特に母親の日本語が流暢でないことで、楊縁珠が感じる恥ずかしさや葛藤が描かれているのですが、これがなんともリアルです。私たちが普段何気なく使う言葉が、どれほどその人の心に影響を与えるのかを考えさせられました。

また、祖母が台湾の伝統や習慣を大切にしている姿は、私の心に優しく響きました。私も昭和の古い話や民話に囲まれて育ってきたので、そうした文化や歴史がどれほど大切かを知っています。それを次の世代にどう伝えていくか、楊縁珠の姿を通して考えさせられました。

移民と日本語文学の出会い

『来福の家』は、移民として日本に住む家族の物語です。それは決して大きな事件やドラマがあるわけではないのですが、日常の中に潜む小さな感情の揺れ動きが、静かに、でも確実に私たちの心を打ちます。これは、日々の中で見過ごしてしまいがちな人々の声に耳を傾ける大切さを教えてくれる作品です。

物語を読み進めるうちに、私はまるで楊縁珠と一緒に台湾と日本を旅しているかのような感覚になりました。それは彼女を通して、私が普段感じている「名もなき日常を生きる人々」の声に心を寄せる時間でもありました。

そして、何より心に残ったのは、楊縁珠が自分自身と向き合い、家族との絆を再確認していく過程です。彼女の物語は、移民としてのアイデンティティを探し続ける中で、家族との距離を縮め、新たな絆を見つける旅でもありました。これがまた、自分のルーツを知り、大切にすることの意味を教えてくれます。

心にやさしい読書体験

この本を読み終えた後、私は一冊の本が持つ力に改めて感動しました。『来福の家』は、華やかさや派手さはないかもしれないけれど、確かに心に残る一冊です。静かに棚の片隅に置かれている本がこんなにも素晴らしい物語を秘めていることを、ぜひ多くの人に知ってほしいと思っています。

もし、日常の中で少しでも心の安らぎを求めているなら、この本を手にしてみてください。きっと、あなたの心にそっと寄り添ってくれるはずです。最後に、私はこの本を読み終えたときにこう感じました。「なんだか、心にやさしい読書でした」と。

rio_reads

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北海道の小さな町で、静かに本を手渡す日々を送っています。子どもの頃、祖父にたくさんの昔話を読んでもらったことが、今でも心の芯に残っています。流行の本よりも、少し古びた本や、静かに棚の奥に佇む本に惹かれます。

物語の余韻や、そっと心に残る言葉を大切にしたい。そんな気持ちで、読んだ本をゆっくり、ていねいに紹介しています。派手ではないけれど、誰かの暮らしをちょっとだけあたためる、そんな本と出会えたら嬉しいです。

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