未来と過去の狭間で、生きることを探す『帰れない探偵』の旅
未来と過去の交錯する物語
『帰れない探偵』を手に取ったとき、私はすぐにその不思議なタイトルに引き込まれました。帰れない探偵って、いったいどんな世界なんだろう?そんなことを思いながらページをめくると、「今から十年くらいあとの話」という冒頭の一文が、私を一気に小説の中へと引き込んでいきました。この作品は、七つのセクションに分かれていて、それぞれが独立した短篇のようでもあり、全体としてひと続きの物語を紡いでいます。
その世界は、まるで未来のような、でもどこかで見たことのある景色が広がっていて、読み進めるにつれて、今の私たちの生活と重なり合っていく感じがしました。特に印象的だったのは、探偵が帰る場所を失ってしまうという設定です。住んでいた事務所が見つからなくなるというのは、物理的な場所の喪失であると同時に、心の拠り所を失うという、どこか寂しさを感じさせるものでした。
忘れることと覚えていること
この物語のテーマのひとつに「忘れることはなくなること」というフレーズがありました。普段、私たちは何かを忘れることについてあまり深く考えないかもしれませんが、この作品を読んでいるうちに、忘れることの重さを感じました。例えば、小学校の頃の友達の名前や、当時好きだったアニメの主題歌の歌詞なんて、もうすっかり忘れてしまっている。でも、ふとした瞬間に思い出すこともありますよね。それって、完全に忘れてしまっているわけじゃなくて、心のどこかに残っているからこそ、思い出せるんだと感じました。
この本の中でも、探偵が過去の人々の生活や景色を探していく様子が描かれています。彼女が探しているのは、単なる事実ではなく、その時に誰かが見た景色や感じたこと。つまり、私たちが普段見落としてしまいがちな「記憶のかけら」なんです。それを探す探偵の姿は、どこか切なくもあり、でも同時に、何か大切なものを守っているようにも見えました。
読後の余韻と未来への想い
この本を読み終えたとき、私はなんだか不思議な気持ちになりました。物語は未来の話だったはずなのに、どこか懐かしさを感じたのです。それは、作品の中で描かれる「時間の経過による変化」が、私自身の人生とも重なったからかもしれません。私たちの街や国だって、少しずつ変わっていく。その中で、変わらないものって何だろう、と考えさせられました。
最後のセクション「歌い続けよう」では、探偵が新たな旅に出ようとする姿が描かれています。これを読んで、私は新しいことに挑戦する怖さと、それに伴う期待感を同時に思い出しました。私も何かを始めるときにはいつもドキドキするけれど、その一歩を踏み出すことで、新しい景色が見えてくるんですよね。
柴崎友香さんの作品は、こうして私たちの心の奥に眠る何かをそっと呼び覚ましてくれるような、そんな優しさに満ちています。『帰れない探偵』もまた、そんな一冊でした。未来の話をしながら、過去や現在に触れるこの物語は、ぜひ多くの人に読んでほしいと思います。