『真夜中の五分前』と私の心の5分間—本多孝好の世界を歩く
ある夜、私は『真夜中の五分前』という本に出会いました。著者の本多孝好さんの名前を初めて知ったのは、大学で友人が熱心に語っていたときのことです。その熱気に押されて手に取ったこの本、まさかこんなにも私の心を揺さぶるとは思いませんでした。
「五分先の世界」って何だろう?
この小説、最初は正直に言えば、どう読めばいいのかちょっと戸惑いました。タイトルにある「五分前」という言葉が何を指しているのか、読み進めるほどにぼんやりと浮かび上がってきて、気付けばその世界に引き込まれていました。言葉って不思議ですね。「五分遅れた世界」とか「五分先の世界」というフレーズが、私の心の中で何度も反響しました。これは、もしかしたら人生のほんの些細なズレを意味しているのかもしれません。
物語の中で、登場人物たちの会話が、時に青臭く、時に深く胸に刺さります。「好きになって、付き合って、別れた。昔、音楽の時間に習った通りだ」なんて、こんなにもシンプルに愛と別れを表現できるものかと驚きました。音楽のコード進行に例えることで、恋愛の流れを普遍的なものにしているのが印象的です。これを読んで、ふと、中学生の頃の初恋を思い出しました。あの頃は、感情をどう表現すればいいのか分からず、ただただ時間が過ぎるのを待っていたような気がします。
分冊の意味を考える
この作品が〈side-A〉〈side-B〉に分かれていることに、最初は疑問を持ちました。なんでわざわざ分ける必要があったのかと。けれども読み進めるうちに、それぞれの側面から描かれる物語が、なんだか私自身の心の中のいくつかの側面を映し出しているようにも感じられました。
本多さんの描く世界は、日常の中に潜むちょっとした違和感やズレを丁寧にすくい上げてくれます。きっと私たちが普段見逃している細やかな感情の振動を、彼は見事にキャッチしているのでしょう。その繊細さに心を奪われ、ページをめくる手が止まらなくなりました。
気づけば心が揺さぶられて
登場人物たちのセリフの中には、「世界は不必要なもので溢れ返っている」という一節があります。これを読んだとき、私は思わず立ち止まりました。私たちが日々の生活で追い求めているものは、本当に必要なものなのか?そんな疑問が頭をよぎります。確かに、現代社会は効率や利益を追求するあまり、何が本当に大切かを見失いがちです。この本を通して、私はその問いかけに向き合うことができました。
そして、彼らが「五分先の世界」を望んでいる姿が、どこか切なくもあり、希望に満ちているようにも感じました。私自身、時折過去を振り返り、あの時こうしていればと後悔することがあります。それでも、今の自分を受け入れ、未来に向かって歩んでいくしかないんですよね。この本は、そんな私の心にそっと寄り添ってくれるような存在でした。
読み終えた今、私はこの作品を通じて、自分自身の心の中の「五分」を大切にしようと思います。小さなズレを恐れず、むしろそれを楽しむくらいの余裕を持ちたいものです。結局、私たちの人生は完璧にはできていないからこそ、面白いのかもしれませんね。これが、私が『真夜中の五分前』から受け取った最大の贈り物です。